第33回
「アトランタ」
南北戦争の戦場、「風と共に去りぬ」の舞台となったところ、というぐらいしか頭になかったアメリカ南部の大都市、アトランタに行ってきた。5月の中旬、国際商標協会INTAの総会に参加するためだ。世界有数の利用客がいる空港を持ち、日本をはじめ多くの外国企業が進出していて、市の中心には高層ビルがいくつもそびえている。
会議参加の登録手続きを済ませてホテルへ戻る道、オリンピック記念公園を通りかかった。発足100年を迎えた1996年にこの地で夏季オリンピックが開かれ、公園の片隅に五輪をかたどった噴水が設けてある。多くの蛇口からは、水がリズミカルに出入りを繰り返す。黒人の子供たちが、親に見守られながら水と戯れている姿がかわいく、笑いを誘った。
この地は黒人が元気で、飛行機やホテルの客も黒人が多い。INTAの開会式であいさつした女性も黒人だった。市内のダイブ・バーと呼ばれるライブハウスで、ビリヤードのかたわら気さくに話しかけてくる常連客も黒人だ。けれども会議場の脇の公民権人権センターを訪ねると、ここに至るまでの困難な道が見えてくる。
1950年代から60年代にかけて、アメリカ南部は黒人差別とそれをなくそうとする運動で激しく揺れていた。差別撤廃を叫ぶマーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師はこのアトランタの出身だ。センターは公民権運動の指導者となる彼の生い立ちとその後の活動などを、映像や資料でたどることができる。幼いころ、水飲み場の水栓が白人用のみで、水を飲むのに苦労した思い出もある。食堂のカウンターに黒人が座ったとたん、周囲の白人客から殴りかけられる場面を体験できるコーナーもあった。「私には夢がある。自分の子供たちが肌の色で差別されないようになるという・・・」の有名な演説の場面もみられる。キング牧師はのちにノーベル平和賞を受賞するが、1968年に暗殺されている。彼の夢は実現したのだろうか。
公民権人権センターの横は「コカコーラの世界」館だ。この地の薬剤師が風変わりな味の飲み物を発明し、1886年に薬局で売り出したのが始まりで、今日世界の200カ国で飲まれる商品になった。そのいきさつを歴代のポスターなど広告や解説でたどり、地域ごとの変種を試飲するコーナーもある。よく知られているように調合は秘密とされ、その管理は徹底しているようだ。そうした説明も見ることができる。
この館の真向かいは、アメリカ最大というジョージア水族館。入口で記念写真を撮られる。廃棄された太い金属管に住み着くウツボや、顔の先から左右に目が飛び出ているシュモクザメなど面白いものを見て一巡し、館を出ようとすると、入口で撮った写真が管内の魚とモンタージュされた写真ができている。生成AIを活用した新しいビジネスだ。INTAの開会式で、主催者は、生成AIの進化によってブランド価値の保護のあり方が変わってくるだろうと予測していたが、それを実感させられる。ブランド価値はもちろん、著作権や肖像権の保護にも影響するだろう。
最終日、参加者のお別れパーティーに顔を出す。たまたま席を同じくしたウクライナの若い女性に、ロシアとの戦争の今後をどう考えるか聞いてみた。ロシアはウクライナ全土の支配をもくろんでいると、彼女は暗い顔で答えた。会場を出て公園わきの観覧車に乗りながら、夜の街を見下ろす。照明の当たる五輪の噴水を垣間見ながら、世界中で人権侵害が蔓延していることを思った。
(2024.6)
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