第24回
「神戸牛」
令和元年12月の初め、日中韓3国の知財関係者による特許庁シンポジウムがあり、神戸に行ってきた。開会あいさつの井戸兵庫県知事は、こうした会議が当地で開かれることを歓迎する言葉の中で、神戸の名所や特産品を挙げていた。そこで、神戸牛の世界的な知名度が高まるにつれ、偽物が外国で出回っているのに悩まされている、という話が出てきた。神戸牛は、同じ兵庫県産の淡路島玉ねぎなどとともに地域団体商標として登録され、近年は地理的表示制度による保護も加わっている。それでも兵庫県とは明らかに違う産地の牛肉が、神戸の名とともにヨーロッパやアメリカで流通しているらしい。
マドリードのレストランではトロピカル神戸ビーフという表示の南米産が出され、これには外務省がEUの当局に調査と是正を求めている。経済連携協定の発効によって、日本ではヨーロッパ産の地名表示を国産のものが騙ることは許されない。北海道産のチーズがフランスの地名であるカマンベールを名乗れないのと同様、ヨーロッパも、日本産品の地理的表示を勝手にすることは許されなくなった。そもそもインターネット上で神戸牛を騙る海外業者のサイトは100以上あるといい、これらが神戸産のものでないことも明らかだ。
シンポジウムでは、知財の重要性が強調されるとともに、その権利が安易に侵害されないための各国比較がなされた。中国や韓国では、侵害者への損害額を利益の額の数倍とすることが可能な法が整備され、日本には侵害の立証を得るための査証制度が近く導入される。侵害し得を許さないための手立ては、今後も厚くなっていくだろう。
この夜、三宮の繁華街に神戸牛の店を見つけ、焼き肉を味わった。肉のうまみが舌を刺激し、酒がすすむ。店主が寄ってきてテーブルに看板を置き、それとともに写真を撮ってくれた。神戸牛がこの地で大事に扱われているのがよくわかる。
翌日、神戸布引ロープウェーで六甲山に登った。紅葉の盛りは過ぎていたが、ところどころの色づいた木々と山の緑が目を楽しませてくれる。神戸港にはドックが整列し、穏やかな海が眼下にあった。神戸は阪神淡路大震災から25年を迎える。その傷跡はもはや目に入らない。ただ、山と海との間の狭い地は、時々災害が襲うところでもあった。谷崎潤一郎の細雪に詳しく描写されている昭和の豪雨被害もある。そうした中で、この地は幕末以来、国際貿易港として発展してきたのだ。
ロープウェーの終点からは、ハーブ園が山肌を覆っている。ハーブは、この地で洋風料理が広がっていくときに重宝されただろう。斜面の園をゆっくりした足取りで下りながら、途中駅まで歩んだ。
山の下の北野地区は、異人館など観光の名所が多い。石畳の小径を抜け、風見鶏の館や、萌黄の館を見る。中国人の団体もやってきて、盛んにカメラを向けている。天満神社の隣に洋風の異人館が並ぶという雑居ぶりが、神戸の風土になっている。
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これらの家屋は神戸に移住した外国人が住んだところで、彼らは同時にこの地へ、出身国の文化ももたらした。料理や菓子がこうして神戸の名物になっていく。神戸牛もイギリス人が口にした農耕用の但馬牛が好まれ、それがひろがっていったものという。また神戸は灘の酒の産地でもあり、相まって、食の文化が形成された。このような歴史を持つ神戸は、今後、どのように発展していくのだろうか。
(2020.1)
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