第20回
「マヤの遺跡とメキシコ」
AIPPI(国際知的財産保護協会)の総会に出席するため、9月の下旬、メキシコのカンクンを訪れた。首都メキシコシティーにはすでに2度滞在しているが、こちらは国の中央の高原地帯にあり、乾燥した半砂漠に取り囲まれている。一方、カンクンはメキシコ湾に突き出したユカタン半島の鼻の先でカリブ海に面し、背後は熱帯雨林が続く。ここ半世紀ばかりの間に開発が進んで、かつての漁村はあっという間に国際的なリゾート地となった。近年は先進国サミットなど、多くの会議が開かれる場所ともなっている。
住民の主体はメスティゾと呼ばれるインディオと白人の混血で、そのインディオは遠くアジアのモンゴロイドの血を引くから、日本人ともよく似た、浅黒い丸顔の人をしばしば見かける。彼らはマヤ文化の継承者で、ユカタン半島には特にマヤの史跡が多い。
総会の初日、歓迎レセプションでは予想通りマヤの文化を色濃く反映した出し物が続いた。羽飾りをつけた露出の多い衣装で、打楽器に合わせて激しい踊りを見せる。こうした伝統芸能は、AIPPIやINTAなどの国際会議ではもはや定番と言っていい。オリンピックの開会式がその起原だろうか。地方色を発揮させるアリバイ作りにもなっているのだろう。
翌日からは、さまざまなセミナーに顔を出した。AIと知財はここでも大きなテーマで、世界中の論者が活発な議論を繰り広げている。そして、以前より抽象論から具体的な進展を踏まえた議論になってきている印象を持った。なかでは、データの集積が新しい技術的な成功を生んだとして、人間がどこまで関与したかを見極めて特許性を判断すべきだという意見に共感した。
権利の執行をめぐる仮保護と本保護の議論にも興味を持った。特にイギリスの弁護士によるスプリングボード・インジャンクションという英特有の措置の紹介には、驚嘆した。日本など大陸系の民法では、認められる損害額が実損を上回ることはないと言っていい。ところがイギリスでは、権利終了を目前にして侵害を始め、権利切れにあわせて加速していくような侵害に対しては、スプリングボードの認定がされ、通常の損害額を超えた賠償が科されることもあるという。コモンローの理論か、この会合で触れた新しい知見だった。
事務局主催のバスツアーでは、マヤのチチェン・イツァ遺跡に出かけた。密林の中に突然現れるピラミッド状の構築物。ユネスコの世界遺産に登録されているもので、あたり一帯は史跡公園になっており、多くの観光客を集めている。チチェン・イツァとは、現代のマヤ語で、聖なるほとりの水の魔法使いという意味らしい。建造は日本の古墳時代ごろといわれるが、その使途や建造に至るいきさつなど、まだ十分には解明されていない。
ピラミッド状の建物を囲んで、神殿、回廊や天文台などがある。天文台の観測はマヤ暦を定めるのに使われ、その精度は今日のNASA仕様にも匹敵すると、ガイドが話してくれた。建物の壁面の多くに、神話を形象化したレリーフが施されているのが目を引く。これらは現代マヤのアイコンとして、土産物などで多量に複製されている。歴史的な図像が現代、商業的に利用をされるのは必然といっていいが、その図像が町にあふれるほど氾濫しているのは問題ないのだろうか。
ユカタン半島のすぐ南に位置するグアテマラもマヤの文化を継承しているが、その固有のデザインが先住民ではないデザイナーによってバッグのデザインとなり、オンラインの商品として売買されることに憤慨している人もいる。隣国のメキシコも同様な状況にあるかもしれない。この遺跡地区に入るのには、入場料を払ったほか、ビデオの撮影にも料金を請求された。これらは地区の保全や整備に必要なことが理解できるが、伝統的な図像の商業利用が、著作権と呼ばなくても、マヤ先住民たちの手に、ある程度使用料として還元されるような仕組みも必要だろう。ユネスコやWIPOはこうした問題に敏感だが、マヤ文化の保全に対しても、世界からの貢献が求められている。
カンクンを去る日、市内にあるマヤ美術館に立ち寄った。市内開発に際して雨林の中から遺跡が発掘されたため、その遺跡ごと博物館として保存されることとなった。展示物を見せる館内にはマヤ文化の遺物が多く並び、歴史がたどれる。その展示館を取り巻く雨林はよく保存され、大きな野生のトカゲが日光浴していたり、樹木の上には巨大な蜂の巣のようなものが架かっていて、しばし南国の旅情を味わわせてくれた。
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(2018.11)
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