第18回
「京都と文化財」
京都大学の付属図書館で行われたシンポジウム「アジアにおけるデジタル文化財の活用基盤構築に向けて」に講師として招かれ、秋の京都に行く機会があった。
午後のシンポジウムに先立って、午前中、高尾の名刹、西明寺を訪れた。
住職の高岡義寛氏は昨春京都大学の教授を退官後、生家の僧侶となった方で、京大時代は長年、クラスター・イオンビームの研究開発をしてこられたという。客間で狩野派による虎の絵の屏風を前に抹茶を頂きながら、科学と宗教の接点や、寺の来歴をうかがった。
祭壇のある仏間から戸をあけ放った外の景色を望むと、紅葉には少し早いものの、色付き始めた高尾の山肌がぴったり柱と敷居のうちに収まって、見事なたたずまいを成している。清流の音に耳を傾けながら、しばらくうっとりしてこの景色に見ほれた。
本尊の釈迦如来像、十一面千手観音菩薩像は重要文化財に指定されている。また京大の井上亜里教授の手でデジタルコピーされた仏画も部屋を飾っていた。教授はこのシンポジウムの呼びかけ人の一人でもある。
寺を辞して京都大学の図書館に駆け付け、シンポジウムに臨んだ。
公共性の高い資料を集め、広く公開していくのは図書館の使命だが、プライバシーや資料の貴重性が、その公開に一定の制限を加えている。1990年代ごろからは資料のデジタル化が進んできており、複製とはいえ高度の情報を含んだ二次資料に知的財産権が付着してくる可能性もあって、その扱いには細心の注意が求められる。
シンポジウムでは、京大の貴重資料によるデジタルアーカイブがどのように扱われているかの紹介があった。考古学教室が行った石舞台古墳発掘のガラス乾板写真をデジタル化したものや、カラコルム・ヒンズークシ学術探検隊の資料、さらに博物館蔵のキリシタン関係資料など、普通の手段では手にできないものが多い。京大によるオープンアクセス推進事業では、学術論文など一次資料の電子化と公開、学内外の研究コミュニティーとの連携、コンテンツの国際流通の促進が挙げられている。
私の出番となり、今春出版した自著「知財文化論」を手にしながら、図書館関係者が多いフロアーに向けて、この書物を蔵書化してほしいとまず語りかけた。次いで書中のエッセーでも触れた知財保護の歴史や、意義などに話を移す。
このシンポジウムではデジタルアーカイブの権利処理や、アジア地域で実施した高精細画像プロジェクトなども話題とされている。
貴重文化財は、公開しない間はそのものの一品性、いわばオーラが貴重性の由来となっており、デジタルの複製によって不特定多数に入手容易とするのは逆の方向にある。実物の所有権と、複製化に伴う知的財産権の管理が一元化していれば問題はないが、両者が枝分かれしているとき、どう折合いをつけるのかは、実例を積み上げて一般的な規則を目指すしかない。
図書館を後に、久しぶりで市バスに乗ったら、何かの行事があったのだろうか、着物の女性が多くいて驚いた。彼女たちの伸びやかな京言葉が、耳に心地よい。
京都は不思議な街だ。伝統と先端技術が無理なく同居している。京都御苑内には迎賓館が設けられ、また文化庁の移転も近い。伝統を意識しながら新しいものを求めるのは首都が東京に移転した後の京都の行き方だが、その姿勢は現在も続いている。
(2017.12)
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