第15回
「ローヌ川沿いの階段」
3月の初め、ジュネーヴへ行ってきた。レマン湖に注ぐローヌ川の河口にたたずんで、白鳥や鴨が群がるところへ餌を投げる親子とそれを争ってとらえる鳥たちを見ながら、旅の疲れをいやした。湖水のかなたには、雪を頂いたモンブランものぞいている。
この旅は、ローヌ川にちなんで、その近傍にひろがる階段風景を題材に据えた写真とビデオ、さらに書物を集めた企画展示「ローヌ川沿いの階段」に私自らビデオ作品を出品したため、そのオープニング・パーティーに出席するのが目的だった。
展示の会場は市内のラ・ジュリエンヌ文化会館。3月9日の夕、ここの展示スペースと隣りのカフェに、身動きもままならないほどの人が集まった。行政の文化担当や、企画者のマリー・ジョゼ・ヴィードメール夫人によって企画の趣旨と意図が語られて、展示の幕が開く。これはジュネーヴをはじめ、ローザンヌやチューリッヒなどスイス国内の7か所を同じ作品が巡回する、3年がかりの大きな企画だ。
ローヌ川はスイスのアルプスに端を発し、南フランスも潤す国際河川で、岸辺のワインは名高い。山国スイスではこのローヌ川をはさんで河岸段丘が立ち上がり、ここにブドウなどが植えられ、集落が発達している。この段丘を象徴的にとらえ、階段にまつわる人と自然のかかわりを表現した作品を集めたいというのが主催者の目論見だ。
企画のキュレーターを務めたのは、スイス在住でクロアチア出身のスザナ・ミストロさんという。彼女を2015年の夏、スイスのヴァレ州にある町サイヨンで開かれたRAME(国際建築音楽生態学会議)で知り合ったのが、私への誘いとなって今度の出品につながった。ミストロさんはジュネーヴの大学で人文地理学を収めた後、執筆やイベントの企画に幅広く活動している。
その2015年、私は招かれて参加したRAMEで、ビデオの映像を背景に音と演技のビデオ・ミュージック・シアター「道程」という一人のパフォーマンスを演じた。このときに映写した映像と音の組み合わせが、会場に居合わせたミストロさんの興味を強く引き付けたらしい。初対面だったが食事をして親しみが増すうちに、彼女がかかわっている企画「ローヌ川沿いの階段」にもぜひ参加してほしいという話になった。ローヌ川には特にこだわらなくてもよく、階段に対して私が持っているイメージを具体化してくれればいいともいう。承諾して、作品作りが始まった。
滞在中のスイスやヨーロッパ各地で家屋内外の様々な階段の映像を集めたほか、帰国して日本の階段のイメージを探し求めた。現代東京の一断面である駅の昇降エスカレーターを利用する人々、元旦の初詣で善光寺に参拝する人の群れが山門に向かって階段を進んでいく場面、長崎の眼鏡橋の下を流れる川と橋に設けられた石段を上がる人。これらは階段そのものを映しているが、一ひねりしたい。私はもともと水の流れに興味があるので、小川が大きな川となり、ダムからその水が落下する場面も、水の変容としての階梯を示すことになるからこれを加える。さらに人生を刻む時の変遷も階段にたとえ、私自らの変容を示す映像を取り込んでみよう。
これだけの材料を集めて編集にかかったが、ミストロさんからは完成をせかす催促と、作品の時間は5分前後という注文が入り、計画の縮小を余儀なくされた。結局、映像は国内で取材したものに限り、旧作としてすでにあった「道程」の一部をつなげることで作品を締めくくった。以下のユーチューブで視聴が可能だ。 https://youtu.be/D3sMqEVV538
小川の水が川となり、さらにダムから落ちていく自然界の階段、そして人間世界の用をなしている日常目にする階段、それを私自身の人生の断面が階段的に見える時の階段で一本にする。前半の階段を集めた部分は、映像とともに録音した音をそのまま使い、後半の「道程」からの引用部分は、私が笛の音をもとに多重録音で作った音を当てている。
出来上がった作品を彼女に送ると狂喜して受け取ってくれ、展示用の仏文には「時の階段」という名前が付された。わたしもこの命名が気に入って、そう呼ぶこととする。
さてジュネーヴで一般公開された展示の初日、オープニング・パーティーでは、作品を前にヘッドフォンを耳にしながら、画面の推移を熱心に見守る人がいて、うれしい思いをした。会場には様々な階段の写真が並び、その出品者の一人、若いスイス人女性のエレナさんとは互いの作品を背にプロフィルを撮りあった。 日本を流れる水は大洋を通じてローヌともつながっている。そんな気分が味わえる文化交流を楽しんだのだった。
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(2017.4)
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