第11回
「サンディエゴ」
5月の初め、INTA(国際商標協会)の会合を機会に、アメリカ西海岸のサンディエゴを訪れた。陽光燦々とそそぐ、温かい気候のところと思っていたが、意外にそうではなかった。時には肌寒く感じることもあり、東京なみというところか。
メキシコとの国境に近く、町の名前はスペイン語由来だ。ラジオやテレビの放送からもスペイン語が普通に飛びこんでくる。1850年の米墨戦争でカリフォルニア州に併合されるまではメキシコの領土だったのだから、それも不思議はない。
サンディエゴは16世紀の中ごろ、ヨーロッパ人が最初に上陸した西海岸の町だったといい、船が入って行きやすい良港だ。このため近年は太平洋艦隊の基地となり、軍港として栄えてきた。ベトナム戦争当時の空母であり、後に横須賀を母港にして抗議のデモに見舞われたことのあるミッドウェイが、その後の湾岸戦争などを経て任務を終え、今ここに博物館として公開されている。
そのミッドウェイ博物館を訪れた。船というより巨大な建造物にいる思いがする。
入り口を入るとすぐ、ミッドウェイ海戦劇場があり、定時に映像で戦史をたどって見せる。太平洋戦争で日本が壊滅的な打撃をこうむり、以来戦況がアメリカに傾いていくきっかけとなった戦いで、暗号を解読されていた日本は大敗したが、アメリカの犠牲も決して少なくはなかった。船の名はその海戦にちなむのだろう。
退役した元軍人が艦内各所にいて、案内を買って出ている。あるところでその一人につかまった。戦後日本にいたことがあり、当時の日本は貧しかったとか、朝鮮戦争時代の思い出などを話しかけてくる。ふん、ふん、と相槌を打ってその場を切り抜け、つぎの展示に移る。規律を犯した兵を閉じ込めておく牢屋まであり、いったん出港すると、一つの町がそのまま引っ越していくような趣だったろう。狭い区画に多くの人間が生活していく技術の粋が結晶している。
艦上には、戦闘機がずらりと並び、そのうちのいくつかには模擬爆弾が装着されている。平時の展示では物珍しく感じられるものも、戦時には殺戮の兵器として、出撃を待っていたのだ。
さて、INTAではさまざまな出会いを楽しんだ。旧知も、新しく知った同業者もいる。その何人かは、いずれ東京の事務所を訪ねてくるだろう。また、こちらからも訪ねて行きたい事務所がある。
さらに会期中、いくつも興味深いテーマの研究会があった。商業活動が国境を越えて盛んに行われている現在、商標権をめぐる紛争の解決はどうしたらよいか。商標権侵害の証拠集めはどのような方法によるか。日本は最近、単色でも識別力があるものは色の商標登録が可能となったが、そうした商標はほんとうに有効か。ラテンアメリカやアジアの商標保護の現状は。こういったテーマが数名の発表者によって檀上で報告され、最後に会場の聴講者から質問されるというかたちで進行していく。
たとえば国境を越える紛争では、ある国の判断は、他国での判断にも影響するという意見が参考になる。英米など、法体系の似ているところでは特にそうだろうが、英米法、大陸法と法体系が異なる場合でも判断に影響を及ぼす可能性がある。
中国の輸出向けOEM生産に、中国で登録された商標権が及ぶのか否かも話題になった。両方の判決があり、その結論は場合によって左右されそうだ。いずれにしても、INTAのような場で世界の商標事情に触れられるのは、実務者にとってありがたい。国境を越えた仲間づくりの場として、自身の勉強の場として、INTAは大きな意味をもっている。 (2015.5)
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