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コラム

知財風土記
!第4回 
「ハイデラバード雑感」

10月の中旬、国際知的財産保護協会(AIPPI)の会議に出席するため、
インドのハイデラバードを訪れた。インドには8度目、ハイデラバードも2度目の訪問だ。勢いのある新興国の筆頭だけあって、来るたびにこの国は違った顔を見せる。
 ハイデラバードには深夜に着いたので、同じホテルを目指す5人がタクシーを相乗りすることになった。走り出して間もなく、車は空港職員らしき男に呼び止められた。どうやら少し先までさらに相乗りを頼み込んでいるらしい。といっても車は助手席を含めていっぱいで、車内に乗せる余裕はない。どうするかと見ていると、運転手はこの男の頼みを聞き入れて助手席にもう一人乗せ、ドアが閉まらなくなったところを片手で押さえさせて走りだした。それもかなりのスピードで、事故を起こさなければいいがと気が気でなかった。しかし5分ほど行くとバス停があり、男は礼を言いながら降りて行った。階級社会であることや、生存競争の激しいことはよく語られるが、インドにはまだこうした寛容と互助の精神も残っているのだろう。
 着いたホテルは市内随一という大きさで、そこに入るのには空港並みの厳しいチェックがあった。以前ムンバイで日本人客も巻き込むテロがあっただけに、ホテルの警備が厳重なのは仕方がない。ところで後になって知ったのだが、このホテルで働く関係者はなんと3000人という。常識より桁が一つも二つもちがう。セルフサービスで朝食をとるレストランには、入り口にいて席へ案内するだけの係や、飲み物を運ぶ係、食後のかた付け係など、いったい何人いるのだろう。エレベーターも客が番号を押せば希望の階まで行けるのに、乗ってくる客に挨拶する係がいる。こんな調子だから出入りの業者を含めると3000人というのも誇張ではなさそうだ。ただしこれを単に無駄と言い切ってはいけない。インドなりのワーク・シェアリングがこうして行われ、膨大な人口に所得を配分するシステムなのだ。
ハイデラバードの変化も激しい。ホテルのあるあたりはマインド・スペースと命名されたハイテク企業が集まる区域で、アメリカや日本の有名企業のビルも近い。
さて、AIPPIのオープニングでは、世界各地の同業者とグラス片手に歓談を楽しんだ。ドイツの弁理士とは、最近のヨーロッパの通貨不安などが話題だ。ヨーロッパの経済混乱は必ず克服されるだろう、というのが彼の意見。ドイツも統一後、東西のアンバランスに苦しんだ時期があったのを克服したことが、その自信の背景にある。日本が為替レートで大変な思いをしているのはわかる、いっそ東アジア圏で統一通貨を作る方向へ行ったらどうか、それによって産業の国外脱出に伴う空洞化が避けられるだろうともいう。なるほどと思って聞いた。
各国の知財保護事情を話し合うフォーラム・ワークショップでは、知財権侵害品の水際対策を、インド、アメリカ、欧州を代表するパネリストが報告する会が面白かった。後発医薬などを作りやすくするため2005年まで物質特許を認めてこなかったインドの医薬品は今でも外国で侵害品として差し押さえられるリスクがある。医薬品を自由に得られない途上国への供給を絶ってはならないとの主張の裏には、通過貨物などへの取り締まりはできるだけゆるくという本音も聞こえる。WTO加盟国を拘束する知的財産保護のためのTRIPS協定は政治的妥協の産物で、別にバイブルのような金科玉条ではないという、発言もあった。
アメリカでは、税関で特許権の侵害をチェックしない。そのかわりITC(国際貿易委員会)がそれを裁判のような手続きで代替している。ところが欧州では近年、税関が特許権の侵害を積極的に排除しているという。ドイツから来たパネリストの弁理士は、税関の取り締まり対象となる知財侵害では特許が4割に上ると報告していた。日本では特許侵害品が税関で押さえられることは少ないのを知っているだけにこの数字に驚き、フロアからパネリストに質問した。特許のような簡単に目で見て判断できないものが、侵害品であるかどうやって判定するのかと。答えは、権利者が税関当局を説得できる場合に限り、構成が単純なものをうまく事前に説明して納得させる努力がいるということだった。日本はこのヨーロッパの動向を参考にすべきだろう。
地理的表示の保護をめぐるワークショップも興味深かった。日本では地域団体商標の制度を導入したことで、地域の産品名を一定限度、保護する仕組みができ、これは外国にも開かれていてパルマハムのような例がある。けれども管理する団体を必要としているので、完全な国際的保護の要求にこたえるものとはいえない。パシュミナのマフラーは高級品として日本でも有名だが、この毛を供給するヤギはインド、ネパールなど複数国にまたがって飼育されている。香りのいいバスマッティ米はインドを中心にパキスタンなどにも産地が広がる。これらを本来の地でないところがその表示で市場に出すことは、本来の産地にはがまんできないだろう。日本は地域団体商標以外にそれらを保護する仕組みを外国から求められたときどうするか、今から対応を研究していく必要がある。
(2011.11)

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